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荷主にとっての”在庫適正化”を考える~「回転率」より「ヒット率」重視のトラスコ中山は異端児か~
L-Tech Lab(エルテックラボ)代表 1982年、名古屋大学経済学部卒業。83年株式会社流通研究社入社、90年より月刊「マテリアルフロー」編集長、2017年より代表取締役社長。2012年より「アジア・シームレス物流フォーラム」企画・実行統括。06年より東京都中央・城北職業能力開発センター赤羽校「物流の基礎」講師、近年は大学・企業・団体・イベント他の講演に奔走。著書に「先進事例に学ぶ ロジスティクスが会社を変える―メーカー・卸売業・小売業・物流業 18社のケース」(白桃書房、共著)、「物流センターシステム事例集Ⅰ~Ⅵ」(流通研究社)、ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト「ロジスティクス・オペレーション3級」(社会保健研究所、11年改訂版、共著)など。2017年より大田花き株式会社 社外取締役(現任)。2020年5月に流通研究社を退職。6月1日に独立し、L-Tech Lab(エルテックラボ、物流テック研究室)代表として活動を開始。 |
問屋を極めると在庫が増える?
機械工具や消耗品などのMRO(Maintenance, Repair and Operation)、いわゆる「プロツール」商材を山ほど扱う卸売企業、トラスコ中山㈱をご存じでしょうか。台車のTVコマーシャルやビジネス番組のスポンサーとしてご覧になった方もあるでしょう。同社は中山哲也社長が掲げる「問屋を極める、究める」の方針のもと、売上の8割を機械工具商や溶接材料商等、製造業や建設関連業等のファクトリールートで稼ぎ出すほか、ネット通販の顧客向け事業も急拡大中です。
私は前職で同社の物流先端チャレンジをさんざん取材し、ロボットやITばかりでなく、その戦略の独自性と合理性にいたく感銘していました。中でも同社の「在庫」に対する考え方は、すごい。編集部から「在庫」のお題を頂いたので、今回はこのテーマにフォーカスしたいと思います。
同社が物流センターに現物を保有する在庫アイテム数は、現在約「40万点」。これにメーカー在庫分も含め、約44万点の商材を収録したカタログ「トラスコ オレンジブック」は全10巻・総ページ数は16,700ページもあります(2020年版、タイトル写真)。
その在庫金額はなんと、431億円(2020年6月末時点)。売上規模2,200億円の企業にとってこの数字は、普通ならリスキーとされるレベルでしょう。ところが昨年の取材時、同社で取締役物流本部長を務める直吉秀樹さんは、「リスクを取らないとリターンを得られない。他社がやらないことをやるのがトラスコ」と言い切っていました。
実は、在庫に関して同社が最重要視する経営指標は、常識的な在庫回転率ではなく、「在庫ヒット率」なのです。これは顧客からの注文に対してどれだけ、倉庫に現にある在庫から商品を出荷(ヒット)できたかを示す指標。メーカーに頼むのでなく、自社センターから即、定期便に載せて出荷する。この指標を顧客サービスの最大のバロメーターと同社は考えており、2020年6月末時点の在庫ヒット率は91.1%に達しています。
それでも同社は、「モノづくりの現場に必要な商材はまだまだある、ユーザーから見れば40万アイテムでも不十分」と、2023年末には「52万SKU」への拡大を計画中。「お客様が必要とするあらゆる商品を在庫し、即納する。そのために在庫を増やす」……これが問屋を極め、究めようとする同社の役割だというわけです。
「膨れ上がる在庫は悪」とする一般の荷主企業と、まったく異なるこの視点。サプライチェーン・マネジメント(SCM)の目的は、サプライチェーン全般を俯瞰しての「在庫最適化」です。基本は「在庫最小化」と「欠品=販売機会損失最小化」を両立させる均衡点を探ることがその手段なのですが、「最適化」の意味は企業戦略、ビジネスモデルで変わる。
「在庫アイテム極大化」で「顧客サービスと利益の最大化」を目指すトラスコ中山は、そんな産業界にあっては、もしかしたら「異端児」なのかも知れません。しかしそれによって同社ならではの顧客提供価値、利益の源泉が生まれているのだとしたら、傑出した企業戦略と言えるのではないか。私はそう考えます。
先端物流テックで管理を実現
ただし、こんなことが誰にもできるわけではありません。「注文がある商品は全部、買い取って在庫するぞ」とやっていたら、普通の会社は肥大化する物流費と在庫の山に押しつぶされてしまうことでしょう。以下は物理的な問題に絞りますが、そもそも「40万アイテム」もの在庫をどこにどう保管するのか。そこから「注文された1点」を素早く探し出してピッキングし、梱包し、出荷・配送する仕組みはどうするのか。
同社の目標は、「日本最大の<工具箱>になる」! 大型物流センターを相次ぎ開設し、しかも最先端のマテハン機器で保管容量を最大化して数十万アイテムの在庫を収納したうえで、ドライバー1本、スパナ1丁の注文でも1日2回の配達で即納できる低コスト物流体制を築き上げています。
私自身、同社の最新物流センターである「ロジスティクス ワンダーランド」プラネット埼玉を昨秋、詳しく取材しました。そこではロボット自動倉庫であるオートストア、ゲート式仕分けシステムのGAS、GTPロボットの代表格であるButler🄬、パレット/バケット自動倉庫、電動式移動パレットラック、自動包装機のI-Pack、シャトル自動倉庫、自動製函機のJFB、AGVなどを見事に使い分けている様子を目の当たりにしました。しかも人間の管理能力レベルをはるかに超えた「40万点」の入庫棚入れ指示は自動化してしまうという、先端WMSとの連携でフリーロケーション方式を実現していたのには、驚いたのなんのって……(これを書きだしたらキリがないので、詳しくは末尾の参照先と参考文献をご覧ください)。ハード+ソフトの物流テックを駆使することで初めて、経営者の「思い」が「現実」化されているのです。
「問屋を極める、究める」というトラスコ中山の企業戦略は、顧客ニーズに応える「物流ネットワーク・拠点システム構築」というロジスティクス戦略(企業戦略からみたら戦術)によって実現されている。経営者の掲げた戦略が、CLO(Chief Logistics Oficer)の戦術実行によって正当化される、あるべき企業統治の1つの姿だと私は思っています。
<参照>トラスコ中山ホームページ、「物流」
http://www.trusco.co.jp/business/logistics.html
<参考文献>流通研究社、月刊マテリアルフロー、2019年4月号、12月号
https://mf-p.jp/on-line/mfonline2019.php?eid=00004
https://mf-p.jp/on-line/mfonline2019.php?eid=00012