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”ヒューマン物流DX”で格差を乗り越え「ロジスティクス4+(プラス)」へ跳躍!

”ヒューマン物流DX”で格差を乗り越え「ロジスティクス4+(プラス)」へ跳躍!

L-Tech Lab(エルテックラボ)代表
菊田一郎

1982年、名古屋大学経済学部卒業。83年株式会社流通研究社入社、90年より月刊「マテリアルフロー」編集長、2017年より代表取締役社長。2012年より「アジア・シームレス物流フォーラム」企画・実行統括。06年より東京都中央・城北職業能力開発センター赤羽校「物流の基礎」講師、近年は大学・企業・団体・イベント他の講演に奔走。著書に「先進事例に学ぶ ロジスティクスが会社を変える―メーカー・卸売業・小売業・物流業 18社のケース」(白桃書房、共著)、「物流センターシステム事例集Ⅰ~Ⅵ」(流通研究社)、ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト「ロジスティクス・オペレーション3級」(社会保健研究所、11年改訂版、共著)など。2017年より大田花き株式会社 社外取締役(現任)。2020年5月に流通研究社を退職。6月1日に独立し、L-Tech Lab(エルテックラボ、物流テック研究室)代表として活動を開始。

「属人的作業」「義理人情」はほんとに排除されるべきなのか?

去る8月28日、本サイトの企画でウェビナー講師をさせてもらいました。あれだけ先端物流DX(デジタルトランスフォーメーション)事例を紹介しておきながらナンですが、実は私、「自動化・DX化の推進はマスト」の立場に揺るぎはない一方、「安易なDX/AI礼賛」の議論には危うさを感じておりまして。この場で少々補足させてもらいます。

ここ数年、物流デジタル化を掲げる物流スタートアップがいくつも登場しています。私はその若き経営者たちに心から期待して「応援しなきゃ!」と、前職では特別枠を設けて優先的に取材、展示の機会提供などに腐心してきました。彼らは口をそろえて語ります。

「デジタル化を進めて物流現場から、その人にしかできない<属人的作業>、非合理的な<気合と根性>の作業、<義理と人情>のアナログ判断を排除しなくては!」(趣意)

それは一面まことにごもっとも。……だけど? と私には考えることがありました。なぜなら、旧時代(ロジスティクス2.0~3.0)の伝統的な物流現場を支えてきたこれらの要素がぜんぶ、排すべき悪であるとは思えないからです。たとえば、こんな具合に。

【ケース1】属人的ノウハウもつフォークマン

「この仕事は俺しか(うまく)できねえんだ」と密かな誇りをもつお父さんは、倉庫現場のベテランフォークマン。入荷した商品ケースを見るだけで、「こいつは木曜金曜に大量発注が来るから手前に棚入れ。こいつはたまにしか出ないから奥の棚」、と次々に捌きます。家に帰って、さあ一家で食事。どこか満足そうな様子を見て、奥さんと息子は、「父さん、なんだか知らないけど立派な仕事してるんだなあ」、と嬉しくなります。だから奥さんはご近所の皆さんにもいつも明るくあいさつ。一家は地域の平和に貢献しています。

ところがある日、父さんは出勤前にお腹に差し込みが来て、起き上がれない。やむなく病欠を連絡。現場では、あいにく父さんのノウハウが後輩に引き継がれていなかったので、何がどこに置いてあるか分らず混乱してしまう。翌日出社してそれを聞いた父さんは、「そうか、俺ができるだけじゃダメなんだ、若手にも伝えておかなきゃ」と反省しました。

【ケース2】義理人情の配車マン

ドライバー経験7年のお兄さんは、パソコンが得意だったので運送会社のシステム部に配属され、配車担当になりました。数年こつこつと努力を重ねる中、会社が配車システムの導入を決定。「それじゃ俺たちはクビになるのか?」確かに配車マンの人数は半減しましたが、若手のお兄さんは残ることに。すべてをコンピュータソフトの判断に任せられなかったからです。お兄さんはシステムの提案を、顧客現場の細かな条件だけでなく、毎朝朝礼で顔を合わせ、喫煙所でも雑談しているドライバーの体調まで気を配って調整していました。
ある日、Aさんの午後の配送先が遠方で帰りが相当遅くなる配車案になっていたのを見て、お兄さんは気が付きました。「そういえばあいつ、金曜は娘のアイちゃんの誕生日だって言ったな…近場にしてやろう」……将棋の駒のように人を扱うリソース活用の観点で、それは最適な案ではなかったかも知れない。でもお兄さんは、スマホで見せてもらったアイちゃんの喜ぶ顔を思い浮かべ、自分も嬉しくなりました……。

「誰でもできる化」で格差を固定するな、人の誇りを奪うな

私が物流DX化の過程で危惧する1つのポイントは、機械化・システム化で作業者に「歩かせない」「探させない」「考えさせない」…、つまり「誰でもできる化」が理想とされていることです。正確性・生産性のKPIとダイバーシティが高まれば、確かに拍手喝采かも。

だが働く人はどうなのか? 本当に誰にでもできることしかしないのなら、私は「いつでも交換可能な部品」。歯車に「私がやりました」と胸を張る「誇り」、「私がやらねば」という前記の父さん、兄さんのような使命感・達成感はもてない。それでモチベーションは維持できるのか? 家に帰っても達成感や微笑ではなく、機械に使われた疲れが、顔と心に貼り付いていないか? 分断国家アメリカだけではなく、最近の日本社会が自殺者まで出すSNS問題みたいに何かとささくれ立っているのは、労働規制緩和以来、「誇りなき非正規労働者」が拡大の一途をたどっていることと無縁なはずがない。

それでも、「誰より早く・正確にピッキングできることでNo.1ピッカーとして表彰されたK子さん」「現場改善提案を毎月、必ず提出して社員からも尊敬されているM代さん」……こうした誇り高き非正規従業者が、今は日本に何千人もいるはずです。そんな人々を、暴走した物流DXが「誰でもできる化」で無用化し、ただの「部品」「歯車」を大量再生産して、社会的格差を固定する役割を果たすとしたら……そんな危険はないのか?

もちろん、先の配車システムや配送計画システムなど、多くの物流ITはベテランの属人的ノウハウを取り込んで、初めて出来上がってきたものです。でもそれが独り歩きし、暴走して人間性を排除していくならちょっと困る。ITに頼り切ってしまい、「物流を丸ごと外部委託していたら内部ノウハウが消滅し、委託先の物流パフォーマンスを評価すらできなくなった、ざんねんな荷主」のようになってしまう心配はないのか。

DXの目的は、「人を部品化する」ことであってはならない。存在意義(アイデンティティ)、「誇り・やりがい・情熱・使命感」を奪うものであってほしくない。チャップリンが早くも84年前に「モダン・タイムス」(1936米)で描いた「機械に飲み込まれる人間」、そして今もスピルバーグ「レディ・プレーヤー1」(2018米)などで次々量産される「AIと仮想(拡張)現実に飲み込まれる人間社会」。これらのディストピア像を回避するためにこそ、先端技術は力を発揮すべきだ。ちょいと先走りの杞憂かも知れないが、私はそう思います。

再びBLM!、チャップリンを超えて

講演では「Black Lives Matter」、BLM運動にも触れました。米DC Velocity誌が物流と黒人ドライバーへの差別に反対する「Logistics Matters」を掲げたことから、私はBLMの原点にある「差別・格差問題とDXの逆説的関係」に気付いたのでした。

さらに先日、全米オープンテニスで見事優勝した大坂なおみさんの「7枚のマスク」の直前、前哨戦で抗議の棄権を表明した彼女の言葉に、私は衝撃を受けました。「黒人女性である私には、テニスより大事なものがある」(……え、テニスの世界トッププレーヤーに、テニスより大事なものが?…そうか!)…彼女の言葉は、講演でBLMを取り上げ「意識高い系」でいたつもりの自分に、切実な「当事者意識」への想像力・共感力が欠落していたことを教えてくれたのでした。深い反省と感謝の中で、本稿を書き直しています。

BLMの訳を私は「黒人の命だって大事だ!」としたけれど、村上春樹さんは「黒人だって生きている」がぴったりくる、とラジオで話していたらしい。matterという動詞を大事、という形容動詞ではなく、動詞で表現するのが本場のプロ感覚かあ。う~ん……。

なんて気になっていた先日、たまたまアポのドタキャンで時間が空いたので、私はチャップリンの名作「ライムライト」(1952米)をぼ~っと見ていました(字幕)。すると、リウマチに苦しみガス自殺を図ったバレリーナを部屋から救い出した老コメディアン(チャップリン)が、「なぜ死なせてくれなかったの?」と落ち込む彼女を激励するセリフで、「matters」が出てきたんですね! でも私の英語力ではどうしても主語が理解できない。あとで懸命にググったところ、ついに英文シナリオを発見! そこにはこうありました。

“ What's your hurry? Are you in pain?
That's all that matters. The rest is fantasy.”

(出典)https://www.scripts.com/script/limelight_12605

直後に彼は「何十億年もかけて奇跡のように生み出された人の意識(conscious、ここでは痛みを感じる意識⇒生きること⇒命、と解釈します)を君は消そうとしている。全宇宙で何より大切な命を!」と語っていることから意訳すると、

『なんで死に急ぐんだ? 痛むのかい?……それ(痛みを感じられること⇒生きてること)こそが大事なんだよ! あとは全部マボロシだ』

とかになるのではないかと思います。驚いたことに日本語の名言サイトにあった本節の訳は誤訳だらけで、これらは筆者が上記原文から勝手に訳したもの。で、こうして使われるのなら、やっぱりBLMは「黒人の命だって大事だ!」でいいのかな…と思った次第。

*    *    *    *    *

だから私は、人の「誇り・やりがい・情熱・使命感・義理人情」を許容、いなむしろ尊重し、機械と人が支えあう気高い冗長性を作り込んだ、「ヒューマンAI技術」ベースの、<ヒューマン物流DX>こそが、われわれの目指すべき進路ではないかと思うのです。

それはチャップリンらの問題提起と、巷で喧伝される「ロジスティクス4.0」を超えた、<ロジスティクス4+(プラス)>の時代へと、私たちを跳躍させてくれるのではないでしょうか。 

Fine

注記)AIと半沢直樹
新井紀子国立情報学研究所教授によると、現在注目されるAIは、人の知能を代替できる「真のAI」ではなく、テーマごとに人が作り込む「AI技術」にすぎない。コンピュータは四則演算しかできない機械であり、課題を決めディープラーニングができるよう特徴量に重みを付け、価値判断基準を教えるのもすべて人の手作業。だから1000ドルのコンピュータが全人類の知能を凌駕する「シンギュラリティ」は来ない……。一方、同氏がリーダーとなり皆で作り込んで開発したAI「東ロボくん」は、東大入試には合格できなかったが偏差値57を超え、有名私立大に合格可能なレベルに到達。逆に今、「中学生の約半数は教科書を理解できていない」という著者の衝撃的調査結果を踏まえ、将来、これらの人が担う機械でもできる作業、さらには銀行の融資判断もAIに代替される…と語っている。だから「半沢直樹」は不要になるのだ。
(出典/「AI vs. 教科書が読めない子供たち」、新井紀子、東洋経済新報社、ほか)。

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